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落ち葉

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芝の上に落ちた

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落ち葉だけど綺麗に見える

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落ち葉

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砂利のアスファルトに落ちた

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綺麗には見えない

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砂利のアスファルトはちょっぴり

印象が悪いのかも!


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時々、緑の葉も落ちてる








今回もちょっと歴史の話

離婚

最近は離婚が多い

みんな辛抱が足りないとか何とか・・・

では江戸時代、明治時代から昭和時代

歴史の中の離婚率はどうだったのでしょうか?

平成時代の離婚率は約1%

江戸時代はと言うと

町民や農家で3%、武士は約10%

明治時代は武士が居なくなり

離婚率は変わらず2〜3%程度

今でも多いのに昔は今の3倍も離婚が多いのです。

明治後期から昭和にかけての

離婚率が低かっただけで

今も低い離婚率で推移してます。





なぜ離婚率が高かったのでしょうか?

昔は離婚するのに

現在のように難しい制度も理由も要らなかった。

それと江戸時代の庶民は

結婚しても財産は個人の物だったので

男女は結婚後も共働きで

自立していた女性が普通だったので

女性は喜んで離婚してました。

三行半は時代劇の見過ぎです・・・

三行半が無いと男性は再婚出来なかった

三行半を出さすに再婚したら刑罰がある程だったので

離婚する前に妻が夫に

三行半を早く書くように強要するのが普通だったのです。

離婚届を妻が持っていつでも出せるなんて話もあるけれど

もっともっと大きな効果が三行半にはありました。

男尊女卑の考えが主流になったのは

明治時代後半の明治民法から

強い権利と権限を持ってた

女性に対して男性が有利な法が作られ

結婚を女性に強制的に強要したのは

日本の歴史の中では最近の事。

現在の結婚や離婚の概念が生まれたのは

明治になってキリスト教の考え方が

日本に浸透してからで

それ以前の日本には結婚や離婚の概念は

現在とは大きく違ってました。





富国強兵の一つ日本皆結婚により

家族の結びつきが弱かった日本の家族制度を

「家」を基本に考え人口増加を図り

明治維新の頃3300万人だった人口を

100年しないうちに人口一億人を突破させた

これは良いと思うけれど

今はその意図的に人口増加させた事で

逆に日本は苦しんでいる。

明治維新とか何とか言うけれど

日本の素晴らしい女性中心の思想を

明治はぶち壊し軍事力強化に走り

果たして教科書の様な華々しい時代の

幕開けだったのか私は疑問です。

家と言う概念も妻が夫、家を支える思想は

日本には本来無かった思想です。











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