学生の頃に習った「士農工商」

テストにも出題される程

私たちの中では常識だった

江戸時代の身分制度です。

この身分制度が今の教科書には無いんです!

歴史を調べてる時に

士農工商は無かったんじゃ無いかな?と

私も10年ほど前から感じてましたが

やはりそうでした。


士農工商は身分制度では無くて

職業区分だったんです。

士農工商と言う概念は江戸時代にも

国民の中ではありましたが

上とか下とかの身分制度では無く

武士、農民(農林水産業)、町民(工商)

国民の1割が武士と町民で

農民が9割

農民から町民になる人もいたし

武士から農民になる人もいた。

自由に職業を選べた時代だったのに

なぜ、身分制度が存在したのかと

当時の私は調べました。

そこで行き着いた答えは

明治新政府が江戸時代は身分制度があり

物もなく文化も低い

野蛮な時代だったと

国民を教育した為だと判明。

何度も言いますが

教育で全てがひっくり返るんです

無かったもが存在してたと

誰もが疑わない時代になってしまうのは

本当に怖いです。



士農工商は金銭的裕福度の区分でもある

私たちのイメージでは

武士が権力と財力を持って居たと

思ってますが

実際は全然違いました。

武士が一番貧乏

農民は貧乏ですが食料がある

大工や医者や製造業の方はお金を持ってた

商人は大金持ちが多かった。

その下に穢多、非人があり

穢多の方々は死に関連する仕事に

従事してるので高額な報酬があった。

非人は例外で犯罪者の方々で

完全に区別されて生活してました。

こうして見ると

武士が貧乏で穢多が一番の金持ち

私たちが受けた教育とは全く逆なんです。

詳しいことを書いたら

書ききれないので省きますが

知りたいと言うコメントが

多いときは何故、武士が貧乏で

商人や穢多が金持ちだったのか?

この事を書いて説明したいと思います。

私もそこに行き着いた時は

歴史の概念が吹っ飛びました。




レキシ 「きらきら武士 feat. Deyonna」

テレビのCMで流れてるのを聴いて

このフレーズが耳に残ってしまった。











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